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東京高等裁判所 昭和59年(く)238号 決定

申立人 片岡利明

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人が提出した抗告申立書に記載されているとおりであるからこれを引用する。

所論は、要するに、本件廃棄処分は監獄法五四条を法的根拠とするところ、同条は憲法二九条及び三一条に違反する、かりに違憲でないとしても、右廃棄処分をするに際し憲法三一条が要請するいわゆる適正手続を履践していないから違法であるのに、被疑者の行為が法令に基づく正当な職務行為であるとした原決定には法令解釈の誤りがある、というのである。

一  しかしながら、憲法二九条の保障する財産権は、絶対不可侵のものではなく、その内容や行使が一定の制限を受けることがありうることはいうまでもない。監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するにあたつては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的のために必要がある場合には、未決勾留によつて拘禁された者についても、この面からその者の自由や財産に制限が加えられることは、やむをえないところというべきである。ところで、監獄法五四条は「在監者ノ私ニ所持スル物ハコレヲ没入又ハ廃棄スルコトヲ得」と規定しているが、在監者の物品の所持についての管理上、規律及び秩序維持の目的を実現するための実効性を確保する手段として、在監者がひそかに所持する物に対し、監獄の長において、その裁量により、これを「没入」してその所有権を国に帰属させ、又はそれが無価値物である場合に「廃棄」するという行政上の強制処分をも採りうるものとする制度が欠くべからざるものであることは何人も否定しがたいところである。右の目的、必要性にかんがみれば、監獄法五四条所定の没入、廃棄処分の制度は、右の目的を達するための手段として不均衡、不合理なものではない。それゆえ、監獄法の右規定が憲法二九条に違反するということはできない。また、没入又は廃棄処分手続を行うに際しては、司法機関又はこれに準ずる公正な第三者機関による事前抑制として、その発する令状に基づいて目的物を領置し、かつ、その判断によつて没入、廃棄の可否が決定されるなど、所論主張のごとき手続を履践すべき旨を定めた規定は存しない。しかしながら、右の没入、廃棄の処分は、既に述べたように、監獄内の規律及び秩序維持という行政目的を実現するためのものであり、その性質は純然たる一種の行政処分であつて、刑事処分としての性質を帯有するものではないから、憲法三一条にいう「その他の刑罰」に該当しないのであつて、右規定によるいわゆる適正手続の保障はこれに及ばないと解すのが相当である。そしてまた、憲法三一条の規定制定の趣旨に照らしても、同条は財産権に関して適正手続を保障するものとは解されないうえ、事後に司法審査の機会を与えられており、行政権の判断が最終的なものとされているわけではない。それゆえ、監獄法五四条の規定の憲法三一条違反をいう所論も理由がない。

二  ところで、本件は、原判示のとおり、東京拘置所に在監中の申立人(付審判請求人)が訴訟関係書類等の表紙編綴用として私費による購入及び使用を許可された板目紙を材料とし、ホチキスを使用して書見台一個を不正に製作所有し、房内で使用していたところ、右は許可された使用目的以外に物品を使用するため所有するもので、監獄法五四条にいうひそかに所持する反則物品に該当するとして引き上げられたうえ、監獄の長の裁量により廃棄処分となつたが、法務事務官看守長、同拘置所保安第三区長である被疑者は、右の手続過程において、右の物を反則物品と認定し、申立人からその提出を求めて引き上げ、かつ、処分権限を有する拘置所長に対し廃棄処分を希望する旨の意見を付して送付する職務行為を行つたというもので、公務員職権濫用の罪を被疑事実とする事案である。所論は、監獄法五四条が合憲であるとしても、これに基づき被疑者が行つた右行為は憲法三一条が保障する適正手続を経ない違法な職務行為であるというけれども、申立人の所有する反則物品の提出を求めて引き上げ、これを廃棄処分にするには、所論のいうような手続を経なくても違法とはいえないことは叙上説示に徴し明らかであり、また、被疑者において、右の物を反則物品であると認定し、監獄内の規律及び秩序維持のため、申立人の所持と使用を禁ずべきものと考え、その提出を求めて引き上げた行為並びに右物品を単に領置するにとどめず、その所有権を剥奪したうえ、これを無価値物と認めて廃棄処分にすべきものと判断しその旨上申した行為は、いずれもその有する権限に基づく正当な職務行為であつて、合理的裁量の範囲を逸脱したものとは到底認められない。それゆえ、被疑者の右各行為は、申立人の規律違反行為に対する戒護権の行使にあたり、法令に基づく正当な職務行為と認められるとした原決定に、所論の法令解釈の誤りは存しない。

してみれば、本件付審判請求を棄却した原決定は正当であつて、所論のような過誤はなく、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法四二六条一項後段により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 寺澤榮 片岡聰 小圷眞史)

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